知的に障害のある患者さんの金銭管理

「通帳がどこにあるかわからなくなる」「月の途中でお金が足りなくなる」「よくわからない契約をしてしまった」——。知的障害や精神疾患、認知症のある方がおひとりで暮らすとき、お金の管理は最も大きな壁のひとつです。この記事では、科学的な知見と、日本・福岡市で実際に使える公的サービスに基づいて、「本人の意思を尊重しながら、安全にお金を管理する方法」を段階別にわかりやすく解説します。

なぜ「お金の管理」から難しくなるのか

お金の管理(金銭管理能力)は、計算・記憶・判断・計画といった複数の脳の働きを同時に使う、実はとても高度な生活動作です。そのため、認知機能の低下が起きたとき、日常生活動作の中でも早い段階から影響が現れやすいことが知られています。

米国アラバマ大学のMarsonらの研究(2000年)では、アルツハイマー型認知症の方は軽度の段階でも、小銭の計算や請求書の支払い、詐欺的な勧誘への対応といった金銭管理課題の成績が健常高齢者より有意に低下していることが示されました。さらにTriebelらの追跡研究(2009年、米国神経学会誌 Neurology)では、軽度認知障害(MCI)の段階の方でも、わずか1年間で金銭管理能力が有意に低下することが報告されています。つまり「まだ大丈夫」に見える時期から、備えを始めることが大切なのです。

また、知的障害のある方では、数の概念や複雑な計算、長期的な計画立案が苦手なことに加え、「断る」ことの難しさから悪質商法や搾取の標的になりやすいことが国内外で指摘されています。国民生活センターも、高齢者や判断能力が不十分な方の消費者トラブルについて、周囲の見守りの重要性を繰り返し呼びかけています(2024年度の全国の消費生活相談は約91万件)。

データで見る現状:支援制度はまだ届いていない

判断能力が不十分な方を法的に支える代表的な制度が「成年後見制度」です。最高裁判所の統計(令和6年=2024年1〜12月)によると、制度の利用者数は全国で253,941人(前年比約1.8%増)。後見開始の原因は認知症が約61.9%と最多で、知的障害が約9.7%、統合失調症が約9.2%と続きます。

成年後見開始の主な原因(令和6年・全国) 認知症 61.9% 知的障害 9.7% 統合失調症 9.2% その他 約19% 出典:最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況(令和6年1月〜12月)」より作図

認知症だけでなく、知的障害・統合失調症を合わせると約2割を占めます。

一方で、判断能力が不十分と見込まれる方は全国で推計約1,300万人ともいわれ、実際に制度を利用しているのはそのごく一部(数%程度)にとどまるとの指摘があります。さらに2025年には、身寄りのない方などについて市区町村長が代わって申し立てる「首長申立て」が制度開始以来初めて年間1万件を超え(10,139件、全申立ての23.7%)、「独居で頼れる家族がいない方」の金銭管理問題が社会全体の課題になっていることがうかがえます。

こんなサインがあれば要注意(セルフチェック)

ご本人やご家族、支援者の方は、次のようなサインがないか確認してみてください。複数あてはまる場合は、後述する相談窓口への相談をおすすめします。

  • 通帳・印鑑・キャッシュカードの置き場所が頻繁にわからなくなる
  • 公共料金や家賃の督促状・未納通知が届くようになった
  • 月の前半でお金を使い切ってしまい、後半に食事を抜くことがある
  • 同じものを何度も買ってしまう、財布に小銭ばかり貯まる(お札を出して計算を避けるサイン)
  • 訪問販売・電話勧誘・サブスク契約など、内容を説明できない契約や高額な買い物がある
  • 「お金を貸して」と言われて断れず、知人に繰り返し渡している
  • ATMの操作や暗証番号の管理に強い不安がある

※「財布に小銭が貯まる」は、暗算が難しくなりお札で支払う場面が増えたときに見られやすい、金銭管理能力低下の身近なサインとして知られています。

支援は「3つの段階」で考える

金銭管理の支援は、いきなり「全部を誰かに任せる」のではなく、ご本人の判断能力と生活状況に合わせて段階的に組み立てるのが原則です。厚生労働省の意思決定支援ガイドライン(障害福祉サービス向け2017年、認知症の方向け2018年)でも、まず本人が自分で決められるよう支援し、本人の意思と好みを最大限尊重することが基本とされています。

1

日常の工夫でできること(本人+家族・支援者)

お金の流れを「見える化」し、失敗しにくい仕組みをつくる段階です。判断能力に大きな問題がない方や、軽度の知的障害の方はまずここから。

2

日常生活自立支援事業(社会福祉協議会)

判断能力に不安はあるが、契約の内容は理解できる方が対象。日常的なお金の出し入れや支払いを、公的機関が定期的にお手伝いします。

3

成年後見制度(家庭裁判所)

判断能力の低下が進み、契約や財産管理を法的な権限を持つ人に支えてもらう必要がある段階。「補助→保佐→後見」と、本人の状態に応じた3類型があります。

段階1:今日からできる日常の工夫

おすすめの工夫(在宅の現場でも効果を実感しています)

  • 週単位の予算に分ける:1か月分をまとめて持たず、「1週間分ずつ」封筒に分ける。月単位より計画が立てやすく、使いすぎに早く気づけます。
  • 固定費は自動引き落としに:家賃・電気・ガス・水道・携帯代は口座引き落としやクレジット払いにして「払い忘れ」をなくす。
  • 現金を持ち歩きすぎない:普段の財布には数千円だけ。キャッシュカードは自宅の決まった場所に保管。
  • 利用限度額を設定する:デビットカードや電子マネーは1日の利用上限を低く設定でき、使いすぎ防止に有効です。
  • 「即決しない」ルール:訪問販売や電話の勧誘は「家族(支援者)に相談してから」と決めておく。不安な契約は消費者ホットライン「188(いやや)」へ。
  • お金の記録を一緒につける:レシートをノートに貼るだけでも十分。訪問看護師やヘルパーと一緒に週1回見直すと継続しやすくなります。

段階2:日常生活自立支援事業(福岡市では「あんしん生活支援センター」)

日常生活自立支援事業は、認知症・知的障害・精神障害などで判断能力が不十分な方を対象に、社会福祉協議会(社協)が行う公的サービスです。福祉サービスの利用手続きの援助を基本に、日常的な金銭管理(生活費の出し入れ、公共料金や医療費の支払いなど)や、通帳・印鑑など大切な書類の預かりを行います。福岡市では福岡市社会福祉協議会の「あんしん生活支援センター」が窓口です。

日常生活自立支援事業のポイント

  • 対象:判断能力に不安はあるが、この事業を利用する意思があり、契約内容を理解できる方(独居の方の利用が多い制度です)
  • 内容:①福祉サービス利用の手続き援助、②日常的な金銭管理(預金の出し入れ・支払い代行)、③通帳・証書等の預かり
  • 費用:相談・支援計画の作成は無料。契約後の支援は有料(利用料は地域・内容で異なります。生活保護世帯は免除・減額の場合あり)
  • 申込み:お住まいの市区町村の社会福祉協議会へ。福岡市は福岡市社協(あんしん生活支援センター)へ相談

「後見制度まではまだ必要ないけれど、毎月のやりくりや支払いが不安」という方に、まず検討していただきたい制度です。生活支援員が定期的に訪問し、本人と一緒にお金を管理するスタイルなので、ご本人の「自分で決める力」を保ちながら安全性を高められます。

段階3:成年後見制度

判断能力の低下がさらに進み、契約や財産管理を一人で行うことが難しくなった場合には、家庭裁判所が選んだ支援者(成年後見人・保佐人・補助人)が法的な権限を持って本人を支える成年後見制度(法定後見)があります。判断能力の程度に応じて「補助(軽い)→保佐(中程度)→後見(重い)」の3類型に分かれ、申立ては本人・配偶者・4親等内の親族のほか、申し立てる人がいない場合は市長も行えます。また、元気なうちに将来の支援者を自分で決めておく任意後見制度もあります。

福岡市では、福岡市成年後見推進センター(福岡市市民福祉プラザ〈ふくふくプラザ〉3階、電話 092-753-6450)が相談窓口です。相談は無料で、受付は火〜土曜の9時〜17時(祝休日・年末年始を除く)。弁護士・司法書士・社会福祉士による予約制の専門相談会も開かれています。後見人への報酬負担が難しい方には、生活保護受給者などを対象とした報酬助成(成年後見制度利用支援事業)もあります。

2つの制度のちがい早見表

日常生活自立支援事業 成年後見制度(法定後見)
対象となる方 判断能力に不安はあるが、契約内容を理解できる方 判断能力が不十分と家庭裁判所が認めた方(補助・保佐・後見の3類型)
できること 日常的な金銭管理、福祉サービス利用の手伝い、通帳等の預かり 財産管理全般、契約の代理・取消し、施設入所や医療の契約など身上保護
手続き先 市区町村の社会福祉協議会(契約で開始) 家庭裁判所への申立て(審判で開始)
費用の目安 相談無料。契約後の支援は有料(生活保護世帯は免除・減額あり) 申立費用+後見人への報酬(福岡市には報酬助成制度あり)
向いている状況 「毎月のやりくり・支払いが不安」という段階 「契約や大きな財産の管理が一人では難しい」という段階

実際には、日常生活自立支援事業から始めて、判断能力の低下に合わせて成年後見制度へ移行するケースも多く、両制度の連携強化は国の制度見直しの議論でも重要テーマになっています(法制審議会で成年後見制度の改正が検討中・2025年時点)。

福岡市の相談窓口まとめ

こんなとき 相談先 連絡先・備考
毎月のお金の管理・支払いを手伝ってほしい 福岡市社会福祉協議会
(あんしん生活支援センター)
日常生活自立支援事業の窓口。各区の社協事務所でも相談可
成年後見制度について知りたい・使いたい 福岡市成年後見推進センター 092-753-6450(火〜土 9時〜17時、相談無料)
ふくふくプラザ3階(中央区荒戸3-3-39)
障害のある方の生活全般の相談 各区の障がい者基幹相談支援センター/区役所福祉・介護保険課 障害福祉サービスや計画相談の入口として
高齢の方(認知症を含む)の生活全般の相談 いきいきセンターふくおか
(地域包括支援センター)
お住まいの校区ごとに担当センターあり
怪しい契約・悪質商法かもしれない 消費者ホットライン 電話 188(最寄りの消費生活センターにつながります)

大切なのは「取り上げる」ことではなく「支える」こと

金銭管理の支援で最も避けたいのは、心配のあまりご本人からお金の自由をすべて取り上げてしまうことです。お金を自分で使える経験は、本人の自尊心や生活の楽しみ、社会とのつながりに直結します。厚生労働省のガイドラインが示すとおり、支援の出発点は「本人はどうしたいのか」。好きなものを買う小さな自由は残しながら、大きな失敗(滞納・詐欺被害・借金)だけを仕組みで防ぐ——このバランスが、長くひとり暮らしを続けるためのコツです。

ご家族・支援者へのお願い

  • 本人の年金や手当を家族が「なんとなく」管理し続けると、使途をめぐるトラブルや経済的虐待とみなされるリスクがあります。第三者(社協・後見人)が入る仕組みは、本人だけでなくご家族を守ることにもつながります。
  • 判断能力は変化します。「今は大丈夫」でも、定期的に見直しの機会を持ちましょう。

訪問看護ができるお手伝い

私たちふくろう訪問看護リハビリステーションでは、精神疾患・認知症・知的障害のある方のご自宅に定期的に伺う中で、金銭管理のつまずきに早く気づける立場にあります。訪問時に一緒に家計の記録を見直したり、服薬・受診と同じように「支払いの予定」を確認したり、必要に応じて社協や成年後見推進センター、相談支援専門員・ケアマネジャーへの橋渡しを行います。「最近、お金のことが不安」という段階でかまいません。ご本人からも、ご家族からも、どうぞお気軽にご相談ください。

この記事のまとめ

  • 金銭管理能力は認知機能低下の早期から影響を受けやすく、MCIの段階でも1年で有意に低下するという研究があります。
  • 支援は「①日常の工夫 → ②日常生活自立支援事業 → ③成年後見制度」の3段階で、本人の状態に合わせて選びます。
  • 福岡市では、福岡市社協(あんしん生活支援センター)と福岡市成年後見推進センター(092-753-6450)が主な公的窓口です。
  • 怪しい契約・悪質商法は消費者ホットライン188へ。
  • 目標は管理の「取り上げ」ではなく、本人の意思を尊重しながら大きな失敗だけを防ぐことです。
参考文献・出典
  1. Marson DC, et al. Assessing financial capacity in patients with Alzheimer disease: A conceptual model and prototype instrument. Archives of Neurology. 2000;57(6):877-884.
  2. Triebel KL, Marson DC, et al. Declining financial capacity in mild cognitive impairment: A 1-year longitudinal study. Neurology. 2009;73(12):928-934.
  3. 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況(令和6年1月〜12月)」2025年3月公表. https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2025/20250313koukengaikyou-r6.pdf
  4. 共同通信「成年後見制度、自治体申請1万件 初の突破」2026年5月2日報道(最高裁統計・2025年分).
  5. 福岡県社会福祉協議会「日常生活自立支援事業」. https://www.fuku-shakyo.jp/kenmin/kenriyogo/jiritusien/
  6. 福岡市社会福祉協議会「日常生活自立支援事業(あんしん生活支援センター)」. https://fukuoka-shakyo.or.jp/
  7. 福岡市「福岡市成年後見推進センター」「成年後見制度利用支援事業」. https://www.city.fukuoka.lg.jp/
  8. 福岡市成年後見推進センター(福岡市社協運営)相談案内(相談無料・火〜土9時〜17時). https://fukuoka-shakyo.or.jp/seinenkoken.html
  9. 厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」2017年3月/「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」2018年6月.
  10. 国民生活センター「消費生活相談関連情報」(2024年度相談件数 910,181件)・「高齢者の消費者被害」テーマ別特集. https://www.kokusen.go.jp/

※制度の利用料・受付時間等は変更される場合があります。最新情報は各窓口に直接ご確認ください。(記事作成:2026年7月)

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この記事を書いた人

福岡生まれ、筑紫丘高校卒業、九州大学医学部卒業後、東北の地域中核病院で初期研修医・救急医として勤務し、その後東京の国立がん研究センター中央病院、東京大学病院に勤務。地元の福岡に帰ってきて2023年1月に:ふくろう訪問クリニック(旧:つくし訪問クリニック早良)を開院。2025年5月に医療法人「ふくろうの樹」設立。2025年11月「ふくろう訪問看護リハビリステーション」を開院。

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