バイタル測定で何がわかる?

体温を測り、血圧を測り、脈をとり、パルスオキシメータを指にはさむ。訪問のたびに繰り返されるこの数分間は、いったい何を見ているのでしょうか。結論から言えば、バイタルサインは「今日の数字」を知るためのものではありません。その人の平常値という物差しを作り、そこからのズレを最も早くつかまえるためのものです。そして最も予後を言い当てるのに、最も測られていない項目があります——呼吸数です。

この記事の結論(3行)

  1. バイタルは「正常か異常か」ではなく、その人の普段の値からどれだけ離れたかで読む。
  2. いちばん早く急変を知らせるのは呼吸数。ただし、いちばん正確に測られていない項目でもある。
  3. 数字が正常でも安心はできない。体温が上がらない高齢者、SpO₂が保たれたままの息苦しさは珍しくない。
目次

SECTION 01バイタルサインは、体のどの装置を見ているのか

バイタルサイン(生命徴候)は伝統的に体温・脈拍・血圧・呼吸の4つを指し、これに意識を加えて5つ、さらにSpO₂(経皮的動脈血酸素飽和度)を加えて6つとして扱われることが一般的になりました。それぞれが見ているのは、体の別々の「装置」です。

6つのバイタルサインは、それぞれ違う「装置」を見ている 呼吸数 肺と呼吸中枢の余力。酸素より先に 「代償しきれなくなった」を映す 目安 12〜20回/分 SpO₂ 血液が酸素を運べているか。 末梢の血流が悪いと測れない 健常者の目安 96〜99% 脈拍 心臓のポンプの回数と、 その「リズム」が整っているか 目安 50〜100回/分・整 血圧 臓器に血を押し出す力。 高いより「急に低い」が危険 家庭血圧の目標 125/75未満 体温 炎症・感染への反応。ただし 高齢者では反応が鈍いことも 判断は「平熱+何度か」で 意識 脳への酸素と血流の総まとめ。 「急にぼんやり」は最重要所見 数字より“いつもと違う” 6つに共通するいちばん大切なルール 正常値の表と見比べる前に、まず「この方の普段の値」と見比べる。 普段を知らないと、正常範囲内の悪化も、範囲外の“その人の正常”も見抜けない。

図1:6つのバイタルサインが見ている体の働き。数値の目安は成人・安静時の一般的な範囲であり、持病によって「その人の正常」は変わります。

SECTION 02いちばん役に立つのに、いちばん測られていない——呼吸数

急変を最も早く教えてくれるバイタルは何か。この問いへの答えは、四半世紀にわたって一貫しています。呼吸数です。

1993年のFieselmannらの研究では、呼吸数27回/分を超えることが、一般病棟における心停止の最も重要な予測因子でした。またSubbeらは、状態が不安定な患者では、脈拍や収縮期血圧の変化幅よりも呼吸数の変化幅のほうがはるかに大きいことを示しています。これらを総説としてまとめたCretikosらの論文の題名は、そのまま現場の実感を言い当てています——「呼吸数:無視されてきたバイタルサイン」〔文献3〕

ところがこの呼吸数こそ、記録が最もあてにならない項目でもあります。米国6病院・28,511人・のべ220,665病日の電子カルテを解析したBadawyらの研究では、記録された1日の最大呼吸数が「18」か「20」のどちらかである病日が全体の約75%を占めていました。同じデータの脈拍がなだらかな山型(正規分布)に近い形になるのに対し、呼吸数は2本の棒だけが突き出た不自然な分布になる。しかもその偏りは、肺炎や敗血症、心不全増悪といった心肺の異常がある患者でも、ICU転棟の前日でも変わりませんでした〔文献4〕

「本当に全員が20回で呼吸しているのか?」——記録された呼吸数のかたち 脈拍の記録(客観的に測られる) 遅い ←                        → 速い なだらかな山型。実際に数えた結果らしい ばらつきが残っている。 呼吸数の記録(多くは目分量) 18 20 遅い ←                    → 速い 「18」と「20」の2本だけが突出。 数えずに“だいたい正常”と書いた形。 6病院・28,511人・のべ220,665病日の解析で 1日の最大呼吸数が「18」か「20」だった病日が約75%。心肺の異常がある患者でも、 ICUへ移る前日でも、この偏りは変わらなかった(Badawy J, et al. BMJ Qual Saf 2017)。

図2:分布の形は報告内容にもとづく模式図です。棒の高さそのものは実測値ではありません。呼吸数だけが「点推定(だいたいこのくらい)」になりやすいことを示しています。

呼吸数が軽視される理由ははっきりしています。器械が数字を出してくれないからです。体温計もパルスオキシメータも血圧計もボタンひとつで数字を返しますが、呼吸数だけは人が1分間、黙って数えるしかない。だからこそ、器械が普及するほど価値が上がっている項目でもあります。

どこからが「速い」のか

英国で広く使われている早期警告スコア(NEWS2)では、呼吸数を次のように点数化します。日本の『日本版敗血症診療ガイドライン2024』でも、院内急変の早期発見ツールとしてこのスコアが紹介されています〔文献5〕

呼吸数の帯:低すぎても高すぎても危ない 8以下 9〜11 12〜20(基準の範囲) 21〜24 25以上 3点 1点 0点 2点 3点 22回/分以上は、敗血症を疑うサイン(qSOFAの1項目) 単位はすべて「回/分」。呼吸が遅すぎる(8回以下)ことも、速いことと同じくらい危険な所見です。

図3:NEWS2(英国王立内科医会, 2017)の呼吸数の配点にもとづく模式図。qSOFA(意識変容・呼吸数22回/分以上・収縮期血圧100mmHg以下のうち2項目以上)は『日本版敗血症診療ガイドライン2024』でも院外・一般病棟でのスクリーニングとして紹介されています。

SECTION 03体温——「何度から熱か」は人によって違う

日本人の体温の基準としてよく引かれるのは、1957年に東京大学の田坂定孝らが10〜50歳代の健康な男女3,094人を対象に、水銀体温計で腋窩温を30分かけて実測した調査です。その平均は36.89±0.34℃でした〔文献10〕。つまり平熱が37.0℃前後の人は、決して珍しくありません。

一方、感染症法では便宜上37.5℃以上を発熱、38.0℃以上を高熱として扱います。この「37.5℃」が独り歩きすると、二つの取りこぼしが起こります。

同じ「37.3℃」でも、意味はまったく違う Aさん:平熱 36.9℃ 平熱 今日 36.9 37.3 +0.4℃ 日内変動の範囲内かもしれない。 他の症状と合わせて経過を見る。 Bさん:平熱 36.0℃ 平熱 今日 36.0 37.3 +1.3℃ 平熱から1.1℃以上の上昇。高齢者では これだけで「発熱」として扱う基準がある。 「37.5℃以上か」だけを見ていると、Bさんの発熱は見逃される。だから平熱の記録が要る。

図4:発熱の判断は絶対値ではなく「平熱からの上昇幅」で行う、という考え方の模式図。

高齢者では、熱が出ないまま重症化することがある

急性感染症を起こした高齢者の最大3分の1で、発熱が起こらないか、ごくわずかにとどまると報告されています。加齢による体温調節能の低下と、発熱物質への反応の変化が背景にあると考えられています。肺炎で入院した患者では、年齢が10歳上がるごとに発症後3日間の平均体温が約0.15℃低い——20歳の人と80歳の人では約1℃の差が生じる計算です〔文献7〕

そのため米国感染症学会(IDSA)は、長期療養施設で暮らす高齢者の「発熱」を次のように定義しています〔文献6〕

高齢者の発熱の定義(IDSA, 長期療養施設入所者)

  • 口腔温が1回でも 37.8℃を超える
  • 口腔温 37.2℃超(または直腸温 37.5℃超)が繰り返しみられる
  • 平熱より1.1℃を超えて上昇している

日本の在宅では腋窩温が主流ですから数値をそのまま当てはめることはできませんが、「平熱+1℃程度の上昇は、それだけで感染を疑う理由になる」という考え方は、そのまま使えます。逆に、感染症で体温が下がる(35℃台になる)ことも高齢者では起こります。低体温はNEWS2でも高得点がつく危険なサインです。

SECTION 04脈——「速さ」より「リズム」に情報がある

自動血圧計は脈拍数を表示してくれますが、脈が規則正しく打っているかまでは教えてくれません。ここに指を当てる価値があります。

不規則な脈の代表が心房細動です。日本の健診データ(30〜89歳の一般住民)にもとづく報告では、年齢階級別の有病率は80歳代で男性8.10%・女性3.52%、70歳代で男性5.61%・女性1.31%でした〔文献11〕。訪問看護が関わる年齢層では、決して珍しい不整脈ではありません。心房細動そのものより、そこからできる血栓が脳の血管を詰まらせる脳梗塞が問題になります。

15秒間、指を当てて「間隔」を聴く 整った脈:間隔がそろっている 等間隔 等間隔 等間隔 等間隔 心房細動:間隔も強さもバラバラ 短い 長い 短い 長い 弱くて触れないものもある

図5:脈のリズムの模式図。心房細動では脈の間隔が不規則になるだけでなく、弱くて指に触れない拍が混じるため、心臓の実際の拍動数より脈拍数が少なく出ることがあります(脈拍欠損)。

日本脳卒中協会と日本不整脈心電学会は、語呂合わせから3月9日を「脈の日」とし、その週を「心房細動週間」として自分で脈をとることを呼びかけています〔文献12〕。手首の親指側に人差し指・中指・薬指の3本を当て、15秒ほど、間隔がそろっているかを確かめる。それだけの手技です。

脈が不規則だと気づいたら、まず「初めてのことか、以前からか」を確認してください。以前から指摘されている心房細動なら緊急ではありませんが、今まで整っていた人が急に不整になった場合、または不整に加えて息切れ・胸の違和感・血圧低下がある場合は、その日のうちに主治医へ連絡します。

SECTION 05血圧——1回の数字より、同じ条件で測り続けた平均

2025年8月、日本高血圧学会は6年ぶりの改訂となる『高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)』を発刊しました〔文献1〕。名称に「管理」が加わったことが示すとおり、家庭での測定と生活習慣が治療の柱として明確に位置づけられています。

大きな変更点は降圧目標の統一です。JSH2019では年齢や合併症で分かれていた目標値が、原則として全年齢で診察室血圧130/80mmHg未満、家庭血圧125/75mmHg未満に整理されました。一方で、高血圧の診断基準(診察室140/90mmHg以上、家庭135/85mmHg以上)は据え置きです〔文献2〕

「診断は140/90、目標は130/80」の数字のズレは何か

診断基準は「高血圧という病気かどうかを線引きする値」、降圧目標は「治療でどこまで下げると脳卒中や心筋梗塞が減るか」という値で、そもそも役割が違います。140/90を超えて初めて高血圧と呼びますが、治療を始めたら130/80未満を目指す——数字が食い違って見えるのは、この二つが別物だからです。

家庭血圧は「一連の流れ」で測る

朝の測定条件は「起床後1時間以内・排尿後・朝食前・服薬前・1〜2分座って安静」と並べられるため、全部同時には無理だと感じられがちです。しかしこれは順番として設計されています。

順番すること理由
1起きる(起床後1時間以内に)朝の血圧上昇をとらえる時間帯
2トイレを済ませる膀胱が張っていると血圧が上がる
3いすに座って1〜2分待つ。背もたれに寄りかかり、足は組まない動作直後の値は高く出る
4カフを上腕の心臓の高さに巻いて測る。2回測って平均1回目は高めに出やすい
5それから朝食と薬薬を飲む前の値が治療の判断材料になる

夜は就寝前に測ります(入浴直後や飲酒後は避けます)。機器は上腕式が推奨されます。手首式は手首の位置が心臓の高さからずれやすく、値が不安定になりがちだからです。そしてすべての測定値を記録すること——高い値だけ消してしまうと、朝だけ高い「早朝高血圧」のような重要なパターンが消えてしまいます。

高齢者では、低いほうがしばしば問題になる

在宅の現場でより頻繁に問題になるのは、実は高血圧よりも血圧の下がりすぎです。とくに起立性低血圧——横になった状態から立ち上がった際に、収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下する状態〔文献15〕——は、めまい・ふらつき・失神を通じて転倒と骨折の直接の原因になります。降圧薬・利尿薬・前立腺の薬・抗うつ薬、脱水、食後(食後低血圧)、入浴後、排便後などが引き金になります。

ふらつきの訴えがあるときは、臥位(または座位)と立位の両方で血圧を測るだけで、原因の見当がつくことが少なくありません。

SECTION 06SpO₂——手軽さの裏にある、5つの落とし穴

パルスオキシメータは日本人技術者・青柳卓雄氏の発明を起点に世界へ広がった機器で、指をはさむだけで動脈血の酸素飽和度が推定できます。ただし日本呼吸器学会のハンドブックは、その限界をかなり率直に書いています〔文献8〕

SpO₂の数字が当てにならなくなるとき ① 指先が冷たい・末梢の血流が悪い 脈波が拾えず、実際より低く表示される。手を温める、 別の指に変える、耳たぶ・額のプローブを使う。 むくみ・低血圧・ショックでも同じことが起こる ② 体が動いている 歩行中・食事中の値は信頼性が乏しく、あくまで参考値。 手のひらを開いて指を胸に固定し、値が安定してから読む。 肺から指先まで届くのに10〜30秒の遅れがある ③ マニキュア・光をさえぎるもの 緑・青・茶・黒などのマニキュアは光を吸収し、値を 下げる方向に働く。除光液で落としてから測る。 プローブの汚れ、直射日光・強い照明も誤差の原因 ④ 血圧計と同じ側の腕につけている カフが膨らむ間、その先の血流が止まるため測定できない。 血圧計とパルスオキシメータは必ず左右別の腕へ。 プローブは心臓と同じくらいの高さに置くのが理想 ⑤ SpO₂が正常でも、酸素が足りているとは限らない 貧血、心拍出量の低下、一酸化炭素中毒では、SpO₂が高くても組織は酸素不足になりうる。 逆に、酸素投与でSpO₂が保たれていても、患者さんは強い呼吸困難を感じていることがある。 「SpO₂が良いから苦しいのは気のせい」という誤認が最も危険(日本呼吸器学会) 国際規格(ISO 80601-2-61)が求める精度は「70〜100%の範囲で、基準値との差が±4%以内に約3分の2が入ること」。機種が違えば1〜2%の差は普通に生じる。

図6:SpO₂測定の誤差要因。日本呼吸器学会『Q&A パルスオキシメータハンドブック』の記載にもとづきます。

ここから導かれる実践的な結論はひとつです。SpO₂は「1回の絶対値」ではなく「その人のいつもの値との差」で読む。学会のハンドブックも、入院・検査中の患者ではその人の普段の値より3〜4%低下したら状態悪化を疑って医師に連絡する目安を示し、往診の場面では安静時95%以下なら専門医への相談を検討90%以下は呼吸不全として早急な対応が必要としています。ただし在宅酸素療法中の方や慢性の肺疾患がある方では、普段から90%台前半ということも珍しくありません。だからこそ「いつもの値」が要るのです。

補足:機器の精度と皮膚の色 パルスオキシメータは皮膚の色素が濃い人で酸素飽和度を高めに見積もりやすいことが繰り返し報告され、米国FDAは2025年1月、多様な肌の色での性能検証を求める指針案を公表しました〔文献14〕。日本の在宅で直ちに問題になる場面は多くありませんが、「機器が出す数字にも幅がある」ことの一例です。

SECTION 071つずつ見るのではなく、組み合わせで見る

バイタルの真価は、組み合わせたときに現れます。個々は正常範囲でも、複数がわずかに崩れているとき——そこに変化が起きています。代表的な組み合わせを整理します。

組み合わせ考えられていることまず確かめること
呼吸数↑+SpO₂正常肺が頑張って酸素を保っている状態。まだ代償できているが余力は減っているいつから/会話が続くか/熱の有無
呼吸数↑+SpO₂↓代償が追いつかなくなっている。肺炎・心不全・肺塞栓などその日のうちに連絡。姿勢を起こす
体温↑+脈拍↑+血圧↓感染に対する全身の反応。敗血症を疑う組み合わせ意識の変化・尿量・皮膚の冷たさ
体温は平熱+急にぼんやり+食べない高齢者の感染症の典型的な現れ方。熱が出ないまま進む平熱との差/数日の食事量/排尿
脈拍↑+血圧↓+ふらつき脱水、出血、薬の効きすぎ臥位と立位で血圧を測る/水分量
脈が不規則+息切れ心房細動、頻脈発作初めてか以前からか/服薬状況
体温↓(35℃台)+元気がない重症感染症、低体温症、甲状腺機能低下室温・寝具/連絡は急ぐ側で

SECTION 08在宅・訪問看護の現場で——測ることの意味を作り直す

ここからは、ふくろう訪問看護リハビリステーションが訪問の場で実際に大切にしていることを、少し踏み込んで書きます。

8-1 最初の数回の訪問でつくるのは「記録」ではなく「物差し」

訪問開始からしばらくの間に測るバイタルの本当の目的は、異常を見つけることではありません。その方の平熱・普段の血圧・普段のSpO₂・普段の脈拍とリズムを確定させることです。この物差しがないと、その後どれだけ丁寧に測っても「今日は37.2℃でした」以上のことが言えません。物差しができて初めて、「平熱より1.2℃高い」「いつもより4%低い」という、判断につながる言葉になります。

8-2 呼吸数は、お金がかからず、いちばん早く教えてくれる

在宅の現場で私たちが最も意識しているのが呼吸数です。理由は単純で、器械も消耗品もいらないのに、最も早く異変を知らせてくれるからです。訪問1回あたり1分。それだけの投資で、SpO₂が下がるより前の段階をつかまえられます。

測り方には、いくつかの決まりごとがあります。

  • 15秒×4は使わない。高齢者では呼吸が不規則なことが多く、4倍すると誤差も4倍になります。異常が疑われる場面ほど1分間数えます。
  • 「呼吸を数えます」と言わない。意識すると呼吸のしかたが変わります。脈をとるふりをしたまま、あるいはSpO₂を測っている間に、胸やお腹の動きを見て数えます。
  • 会話しながら数えない。話している間の呼吸数は測定値になりません。
  • 数と一緒に「かたち」を見る。肩で息をしていないか、口をすぼめていないか、話すときに文がどこで切れるか。「一息で言える文の長さ」は、数字と同じくらい雄弁です。

そして自戒を込めて——記録に並んだ呼吸数が「18」と「20」ばかりになっていないか。これは英語圏の病院で実証された現象ですが、器械が数字を出さない項目である以上、どの国のどの現場でも起こりうることです。

8-3 ベースラインを1枚の紙にまとめておく

ご本人の見やすい場所(冷蔵庫、ベッドサイドのファイル)に、次の情報を1枚で貼っておくことをおすすめしています。ご家族が救急要請するときも、救急隊がまず知りたいのはこの紙の内容です。

項目書いておくこと
平熱朝・夕それぞれの普段の値(腋窩温か耳式か、測定部位も明記)
普段の血圧・脈拍朝/夕の目安と、脈が整か不整か
普段のSpO₂安静時と、動いたあとの値。在宅酸素なら流量も
普段の呼吸数安静時の1分間の値
連絡の閾値「SpO₂が○%を下回ったら」「体温が○℃を超えたら」を数字で
連絡先ステーション(24時間対応)/主治医/救急の順に

8-4 「熱がない」を安心材料にしない

高齢者の感染症は、熱ではなく行動の変化として現れることがしばしばあります。急にぼんやりする、話が通じにくい、食事に手をつけない、いつもの家事や散歩をしない、転びやすくなった、尿の量が減った——これらは「熱の代わりのサイン」です。ご家族には、体温計の数字と同じ重みで、この6つを見てくださいとお伝えしています。

8-5 血圧は「測り方の再現性」がすべて

  • 腕の選び方:麻痺のある側、シャントのある側、乳がん手術で腋窩リンパ節を郭清した側は避けます。左右差が10〜20mmHg以上あるときは、どちらの腕で測るかを決めて統一し、主治医に伝えます。
  • カフの位置:上腕の心臓の高さ。厚手の服の上から巻いたり、袖をまくり上げて腕を締めつけた状態で測ると値がずれます。
  • 心房細動があるとき:自動血圧計は拍ごとの変動が大きい状態を苦手とし、測定エラーや値のばらつきが出ます。数回測って傾向を見る、脈は触診で確認する、といった補い方をします。
  • ふらつきがあるとき:座位と立位(または臥位と座位)の2点で測ります。20/10mmHg以上の低下があれば、降圧薬の調整も含めて主治医に相談する材料になります。

8-6 SpO₂は「測れなかった」も立派な情報

指先が冷たくて値が出ない、脈波が拾えない——これは失敗ではなく、末梢循環が悪いという所見です。手を温めて測り直す、別の指で測る、耳たぶや額のプローブに変える、といった手順を踏んだうえで、それでも安定しないなら、その事実を記録し伝えます。血圧計のカフと同じ腕につけていないかの確認も忘れずに。

8-7 令和8年度診療報酬改定と、バイタルの「書き方」

2026年度(令和8年度)の診療報酬改定では、「適正な訪問看護の推進」として、訪問看護ステーションが作成する記録書の記載内容の明確化が図られました〔文献13〕。主な内容は次の2点です。

  • 指定訪問看護は利用者の心身の状況等に応じて妥当適切に行い、漫然かつ画一的なものにならないよう、看護目標および訪問看護計画に沿って行うことを明記する。
  • 記録書等において、訪問看護の内容に係る評価の記載を求めるとともに、実際の訪問開始時刻と終了時刻を記載する必要があることを明確化する。

ここでいう「評価」に、バイタルは直結します。数字を書き写すだけの記録は、評価にはなりません。求められているのは次の3点セットです。

①測った数字 ②その方の平常値との差 ③そこから何を判断し、何をしたか

例:「SpO₂ 93%(平常 96〜97%)。労作後の低下でなく安静時。呼吸数24回/分(平常18回)。喘鳴なし、下腿浮腫が前回より増悪。心不全増悪の可能性を考え、体重測定を追加し主治医へ報告。利尿薬の調整について指示を受けた。」

8-8 ご家族に測ることをお願いするときの3原則

  • 項目を絞る。全部を毎日は続きません。その方の病態にとって最も情報量が多い1〜2項目(心不全なら体重とSpO₂、感染症のリスクが高い方なら体温と食事量)に絞ります。
  • 記録は紙1枚に。アプリより、冷蔵庫に貼れる1か月分の表のほうが続くご家庭が多いです。
  • 連絡の基準を数字で決める。「悪そうだったら連絡」では、判断の重荷をご家族に押しつけることになります。「38.0℃を超えたら」「SpO₂が92%を下回ったら」と数字で決めておけば、迷いも罪悪感も減ります。

8-9 終末期には、測らないという選択もある

最後に、これは在宅ならではの話です。人生の最終段階では、バイタル測定の目的が変わります。数値を管理して治療方針を決める段階から、ご本人が穏やかでいられるかを見る段階へ移ります。

この時期に血圧計のカフを巻くこと自体が苦痛になる方がいます。SpO₂の数字が下がっていくのを見続けることが、ご家族にとって耐えがたい時間になることもあります。私たちは、ご本人とご家族と話し合ったうえで、測る項目を減らす、あるいは測らないという選択をすることがあります。そのとき見るのは、呼吸の楽さ、表情、手足の温かさ、眠れているかどうかです。

「もう測らなくていいのですか」と聞かれたら、私たちはこう説明します。数字を測るのは、そこから何かを変えられるときです。変えるべきことがもうないなら、その時間は、数字ではなくご本人を見ることに使いましょう、と。この判断は、あらかじめご本人の意向を確認しておく(アドバンス・ケア・プランニング)ことで、ずっとやりやすくなります。

SECTION 09連絡の判断——迷ったときの順番

「いつもと違う」に気づいたときの順番 いつもの値と、今日の値を並べる すぐに救急要請(119番)を考える 呼びかけへの反応が鈍い・意識がない/突然の激しい呼吸困難/唇や顔色が紫色/けいれん/ 突然の片麻痺・ろれつが回らない・顔のゆがみ/冷や汗を伴う強い胸の痛み その日のうちにステーション・主治医へ連絡 SpO₂がいつもより3〜4%以上低い/呼吸数が22回/分以上/平熱より1℃以上高い、または35℃台/ 脈が急に不規則になった/収縮期血圧がいつもより30mmHg以上低い/急にぼんやりする・食べない 上記に当てはまらない → 同じ条件でもう一度測り、記録して次の訪問で相談する

図7:連絡の判断の目安。数値はあくまで一般的な目安で、在宅酸素療法中の方や慢性心不全・慢性呼吸不全の方では、あらかじめ主治医と個別の閾値を決めておいてください。

SECTION 10よくあるご質問

呼吸数は15秒数えて4倍すればよいのでは?

落ち着いている方の日常的な確認なら実用的ですが、体調が悪いときには向きません。呼吸は脈より不規則で、1回の呼吸を数え間違えると4回分の誤差になるからです。気になる場面では1分間数えてください。

体温は脇、耳、額のどれで測るのが正確ですか?

どれが正確かより、いつも同じ部位・同じ機種で測ることが大切です。部位が違えば得られる温度も違うので、途中で変えると平熱との比較ができなくなります。腋窩で測るときは汗を拭き、脇をしっかり閉じてください。

市販のパルスオキシメータでよいのでしょうか。

医療機器として認証された製品を選んでください。日本呼吸器学会も、パルスオキシメータは医療機器であり、使い方と結果の解釈には医療者の助言が必要だと注意を促しています。安価な製品では精度に関する情報が公開されていないことがあり、また末梢循環が悪いとき——つまり本当に知りたいとき——ほど、機器の性能差が値に出ます。

血圧は朝と夜、どちらが大事ですか?

両方測って平均を見るのが原則ですが、朝の値にはとくに注意が向けられています。脳卒中や心筋梗塞は朝の時間帯に起こりやすく、日中や診察室では正常なのに朝だけ高い方がいるためです。週5日以上の記録を受診時に持参すると、治療の判断材料になります。

SpO₂が96%あるのに苦しいと言います。気のせいでしょうか。

気のせいではありません。呼吸困難は酸素の不足だけで決まるものではなく、呼吸の努力感と充足感のバランスや、二酸化炭素の貯留、心理的な要因でも生じます。日本呼吸器学会は、SpO₂が良好なときこそ苦しさが誤認されやすいと明記しています。数字より訴えを優先して、姿勢を起こす、顔に風を当てる、といった対応をとりながらご連絡ください。

毎日測っていると、数字が気になって不安になります。

その感覚は自然なもので、測ることが負担になっているなら、項目や頻度を見直すべきサインです。測定は「安心するため」ではなく「行動を変えるため」に行います。その数字が変わったときに何をするのかが決まっていない項目は、思い切ってやめてよいことが多いです。担当の看護師にご相談ください。

ふくろう訪問看護リハビリステーション/ふくろう訪問クリニック(福岡市早良区)では、緩和ケア・難病・精神疾患・認知症を中心に、在宅での療養を支えています。

バイタルの測り方や記録のしかた、ご家族がどこまで測ればよいのか、どの数字で連絡すべきか——こうした「線引き」のご相談も、訪問看護の大切な仕事のひとつです。ご本人の状態とご家族の負担の両方に合わせて、一緒に決めていきます。お気軽にご相談ください。

REFERENCES参考文献

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    https://www.jsicm.org/pdf/cq/J-SSCG2024/J-SSCG2024_Main.pdf
  6. High KP, Bradley SF, Gravenstein S, et al. Clinical practice guideline for the evaluation of fever and infection in older adult residents of long-term care facilities: 2008 update by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis 2009;48(2):149-171.
    https://academic.oup.com/cid/article/48/2/149/304388
  7. Sepsis and other Infectious Disease Emergencies in the Elderly(総説, PMCID: PMC5022369)——高齢者の急性感染症では最大3分の1で発熱が欠如または減弱すること、肺炎では年齢10歳ごとに体温が約0.15℃低いことを記載.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5022369/
  8. 日本呼吸器学会 肺生理専門委員会『Q&A パルスオキシメータハンドブック』2014年3月.
    https://www.jrs.or.jp/file/pulse-oximeter_medical.pdf
  9. 日本呼吸器学会 肺生理専門委員会『よくわかるパルスオキシメータ』(一般の方・患者さん向け).
    https://www.jrs.or.jp/file/pulse-oximeter_general20211004.pdf
  10. 田坂定孝ほか. 健常日本人腋窩温の統計値について. 日新医学 1957;44(12):633-638.
    https://cir.nii.ac.jp/crid/1522543655517586560
  11. 日本人一般住民の年齢階級別心房細動有病率と罹患率. 人間ドック 2022;36(4):539-.
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/ningendock/36/4/36_539/_article/-char/ja/
  12. 日本不整脈心電学会・日本脳卒中協会「心房細動週間・脈の日(3月9日)」.
    https://www.jsa-web.org/citizen/94.html
  13. 全国訪問看護事業協会「令和8年度診療報酬改定まとめ」(厚生労働省説明資料へのリンク集を含む).
    https://www.zenhokan.or.jp/new/new2753/
  14. Lipnick MS, Ehie O, Igaga EN, Bicker P. Pulse oximetry and skin pigmentation—new guidance from the FDA. JAMA 2025;333(16):1393-1395. doi:10.1001/jama.2025.1959(PMID: 40042945)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40042945/
  15. 日本心臓財団「起立性低血圧症」(心臓病用語集).
    https://www.jhf.or.jp/check/term/word_k/orthostatic_hypotension/

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針に代わるものではありません。数値の目安は成人・安静時の一般的な範囲であり、持病や治療内容によって「その方にとっての正常」は変わります。判断に迷う症状があるときは、担当の訪問看護師または主治医にご相談ください。

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この記事を書いた人

福岡生まれ、筑紫丘高校卒業、九州大学医学部卒業後、東北の地域中核病院で初期研修医・救急医として勤務し、その後東京の国立がん研究センター中央病院、東京大学病院に勤務。地元の福岡に帰ってきて2023年1月に:ふくろう訪問クリニック(旧:つくし訪問クリニック早良)を開院。2025年5月に医療法人「ふくろうの樹」設立。2025年11月「ふくろう訪問看護リハビリステーション」を開院。

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