「医学的ため息」の効用

「ため息をつくと幸せが逃げる」と言われます。でも呼吸の研究からみると、これはまるきり逆です。ため息は、脳幹にあるわずか200個ほどの神経細胞が数分に1回、わざわざ起こしている生きるために必要な動作です。その仕組みを自分の意思で借りるのが「医学的ため息(サイクリック・サイイング/周期的ため息)」。スタンフォード大学の試験では、1日5分・28日間でいちばん気分が上向いた呼吸法でした。

ただし、この方法は「万能のリラックス法」ではありません。動いた指標と、動かなかった指標がはっきり分かれています。このコラムでは、やり方を30秒で伝えたうえで、効果の中身とその限界、そしてやってはいけない場面までを、一次資料にあたって整理します。訪問看護の現場で働く方と、ご家庭で介護をされている方の両方を念頭に書きました。

目次

SECTION 01 結論——先に3つだけ

1
ため息は「悪いくせ」ではなく、脳幹が起こしている生理現象私たちは数分に1回、無意識にため息をついています。目的は、しぼんでしまった肺胞(肺の小さな袋)をふくらませ直すこと。この動作をつくる神経細胞は、脳幹のなかにたった200個ほどしかありません。医学的ため息は、その仕組みを意識的に使う方法です。
2
効いたのは「気分」と「呼吸数」。心拍・自律神経・睡眠は動かなかったスタンフォード大学の無作為化比較試験(108人・1日5分・28日間)で有意に変わったのは、ポジティブな気分と、安静時の呼吸数だけです。心拍数・心拍変動(HRV)・睡眠の指標はどれも変わりませんでした。「自律神経が整う」という説明は、この試験の結果からは言えません。
3
自分で意図してやる5分と、勝手に出続けるため息は別物ため息が多いこと自体は、パニック症や不安の強い状態のサインとして古くから知られています。最近ため息が増えた、深く吸わないと息が足りない気がする——という方は、まず回数を増やすのではなく、医師に相談してください。

SECTION 02 やり方——道具も場所もいりません

もとの試験で参加者に配られた説明は、驚くほど簡素です。椅子に座り(横になってもかまいません)、5分のタイマーをかけて、次の呼吸をくり返すだけ。呼吸を止める工程はありません。

図1 医学的ため息(周期的ため息)の手順 Balban MY ら, Cell Reports Medicine 2023 の補足資料に記載された実施手順をもとに作成 1 鼻からゆっくり吸う 肺がふくらんだと感じるところまで。強く吸い込む必要はありません。 2 そこから、もう一度だけ短く吸い足す 2回目は1回目より短くても浅くてもかまいません。ここが普通の深呼吸との違いです。 3 口から、時間をかけて全部吐き切る 吸う時間より長く。ここがこの方法の中心です。鼻から吐いてもかまいません。 4 これを5分くり返し、そのあとは普通の呼吸に戻す ※ 息を止める工程はありません。回数や秒数を数える必要もありません。

図1 もとの試験の説明文には「2回とも鼻から吸い、口から吐くのが理想だが、すべて鼻でもよい」「2回目の吸気が短くなるのは正常」と書かれています。秒数の指定はありません。

「2回吸う」のが、普通の深呼吸との違いです。1回で大きく吸うのではなく、吸いきったところからもう一段吸い足す。この形は、私たちが無意識にやっているため息とそっくり同じ形です。だから練習が要りません。うまくできているかを判定する必要もありません。

SECTION 03 ため息は、脳幹の200個の神経細胞がやっている

ため息が「感情の産物」だと思われがちなのは、悲しいときや疲れたときに増えるからです。しかし研究の順序は逆で、まず生き延びるための機能があり、そこに感情の回路があとから接続しています。

2016年にNature誌で報告された研究は、ため息をつくらせている神経回路を特定しました。延髄の呼吸中枢のなかに、ニューロメジンB(NMB)またはガストリン放出ペプチド(GRP)という物質をつくる小さな神経細胞群があり、それが呼吸のリズムをつくるプレベッツィンガー複合体へ信号を送ります。受け取る側の神経細胞は、重なりを含めて約200個。どちらか一方の受容体を止めるとため息が減り、両方を止めるとため息が消えます。それでも普通の呼吸は残ります。つまり、ため息は普通の呼吸の「おまけ」ではなく、専用の回路を持った独立した動作です。

その目的ははっきりしています。ため息はネズミでもヒトでも数分おきに自然に起こり、つぶれた肺胞をふくらませ直してガス交換を保つ働きをしています。ヒトのため息の回数はおよそ1分あたり0.2回——5分に1回ほどという見積もりが使われています。深呼吸をまったくしない状態が続くと、肺の一部は少しずつしぼんでいく。それを防ぐための、定期的な「開き直し」がため息なのです。

図2 ため息はどこで、なぜつくられるか Li P ら, Nature 2016 / Cui Y ら, eLife 2025 の記述をもとに作成 ① 脳幹が「そろそろ1回、深く吸っておこう」と指令を出す 延髄の呼吸中枢にある、NMB・GRPという物質をつくる神経細胞から、呼吸リズムの発生源へ信号が届く。 受け取る側の神経細胞は、重なりを含めて約200個。ここを止めるとため息だけが消え、普通の呼吸は残る。 ② ふつうの1回の吸気が、二段の深い吸気に「置き換わる」 呼吸の回数そのものは変わらない。1回分の吸気が、大きく深いものにすり替わる。 医学的ため息の「吸って、もう一度吸う」という形は、この動きを自分でなぞったもの。 ③ しぼんでいた肺胞が開き直り、呼吸のリズムがリセットされる 目的はガス交換と肺のやわらかさを保つこと。ヒトではおよそ5分に1回、自然に起きている。 安心したとき・緊張がとけたときにもため息が増えることが、実験でくり返し確かめられている。

図2 ため息の回路は感情とも接続しています。マウスを狭い場所に閉じ込めるとため息の回数が2〜3倍に増え、その指令は視床下部からこの回路に届いていました(Li P ら, Cell Reports 2020)。

SECTION 04 スタンフォードの試験は、何を比べたのか

2023年1月、Cell Reports Medicine誌に発表された無作為化比較試験が、この方法が知られるきっかけになりました。108人を4群に分け、1日5分の呼吸法または瞑想を28日間つづけてもらい、毎日その前後に気分と不安を測定。あわせて腕に装着したウェアラブル端末で、安静時心拍・心拍変動・呼吸数・睡眠を記録しています。

図3 比べられた4つのやり方(108人・1日5分・28日間) Balban MY ら, Cell Reports Medicine 2023;4(1):100895 周期的ため息 30人 吸う → もう一度短く吸う → 長く吐く。息止めなし。 吐く息を長くすることに重点 ボックス呼吸 21人 吸う・止める・吐く・止めるを同じ長さでくり返す。 軍や警察の訓練で使われてきた方法 周期的過換気 33人 30回続けて速く呼吸し、吐き切って15秒止める。3周。 いわゆるヴィム・ホフ式に近い形 マインドフルネス瞑想 24人 呼吸を操作せず、眉間に注意を向けて座る(対照群)。 呼吸を「変えない」のがこの群の特徴

図3 瞑想群だけが「呼吸を意図的に変えない」条件です。この試験は、呼吸を自分で操作することに意味があるのかを問う設計になっています。

結果を、そのままの数字で見る

まず押さえておきたいのは、4群すべてで気分がよくなり、不安が下がったということです。差がついたのは、その伸びしろの部分でした。以下は、1日あたり(呼吸法・瞑想の直前と直後の差)を28日間平均した値です。

図4 1日あたりの「よくなった量」(マインドフルネス瞑想 vs 周期的ため息) Balban MY ら, Cell Reports Medicine 2023 ※3つは別々の尺度です。指標をまたいでバーの長さを比べないでください マインドフルネス瞑想(24人) 周期的ため息(30人) バーが長いほど「よくなった量」が大きい 0 1 2 3 4 5(点) ポジティブな気分 が増えた量(PANAS) +1.22 +1.89 ネガティブな気分 が減った量(PANAS) −1.62 −1.48 その場の不安 が減った量(STAI) −3.95 −3.85 ネガティブな気分と不安については、1日あたりの下がり幅は瞑想のほうが大きい(統計的な群間差はなし)。

図4 ポジティブな気分の伸びは、他の呼吸法もほぼ同じでした(ボックス呼吸+1.84点、周期的過換気+1.97点)。周期的ため息だけが瞑想に対して有意になったのは、生の数値の大きさではなく、「続けた日数が増えるほど伸びが大きくなる」という時間経過のパターンによるものです。

ここは読み違えやすいところです。「ため息が瞑想に勝った」と紹介されることがありますが、勝ったのはポジティブな気分という1項目だけです。ネガティブな気分と不安の1日あたりの下がり幅は、むしろ瞑想のほうが大きく出ています(群間の差は統計的にはつきませんでした)。
さらに、論文自身が「各呼吸法どうしを比べるには人数が足りず、検出力が不足している」と限界として明記しています。この試験は、呼吸法どうしの優劣をつけられる設計ではありません。

SECTION 05 動いた指標と、動かなかった指標

この試験のいちばん有用な点は、ウェアラブル端末で身体の指標を28日間まるごと記録したことです。おかげで「何が変わって、何が変わらなかったか」がはっきりしています。

図5 28日間で、何が動いて、何が動かなかったか Balban MY ら, Cell Reports Medicine 2023(周期的ため息群) 安静時の呼吸数 28日かけて下がった。瞑想群より下がり方が大きい。 動いた ポジティブな気分 上がった。しかも続けた日数が増えるほど、伸びが大きくなった。 動いた その場の不安・ネガティブな気分 下がったが、瞑想群との差はつかなかった。呼吸法でも瞑想でも下がる。 差はつかなかった 安静時心拍・心拍変動(HRV) 4群のどれでも有意な変化なし。「自律神経の数値が整った」とは言えない。 動かなかった 睡眠(時間・効率・スコア・日中の眠気) どの指標も変化なし。眠りをよくする方法としての根拠はこの試験にはない。 動かなかった 特性不安(もともとの不安の強さ) 変化なし。28日では、その人の不安の「土台」までは動かない。 動かなかった

図5 呼吸数の下がり方と気分の伸びには相関がありましたが、相関係数はr=−0.24。二乗すると6%に届きません。呼吸数の変化で説明できるのは、気分の変化のごく一部です。

この試験の弱いところも、そのまま書いておきます。
1. あらかじめ計画を登録した試験ではなく、実施後に登録されました(論文自身が明記)。
2. 参加者の多くがスタンフォード大学の心理学の学部生です。高齢者や在宅療養中の方は含まれていません。
3. 心疾患・緑内障・けいれんの既往・妊娠中・精神病性障害・自殺念慮・双極性障害・物質使用障害のある方は除外されています。これらの方での安全性・有効性は、この試験では確かめられていません。
4. 28日で終わっており、その後の追跡はありません。
5. 遠隔で行われたため、実際にどう呼吸していたかは確認できていません。
6. 筆頭著者らの1人が、試験に使われたウェアラブル端末の会社の顧問に就任したこと(2022年6月)が利益相反として開示されています。

SECTION 06 他の研究は、どう言っているか

1本の試験だけで判断するのは危険です。呼吸法全体を見渡すと、「効く」という結果と「他のやり方と変わらない」という結果が両方あるのが実情です。

図6 呼吸法をめぐる、その他の主な研究 発表年順ではなく、内容のつながりで並べています 呼吸法のメタ解析(Fincham GW ら, 2023) 無作為化比較試験12件・785人。主観的なストレスが有意に低下(g=−0.35)。不安・抑うつも同程度。 効果あり プラセボ対照の大規模試験(同じ研究チーム, 2023) 400人。ゆっくりした呼吸と「見た目が同じ普通の速さの呼吸」を比べたら、ストレスの改善に差がなかった。 差なし 「吐く息を長くする」ことの検証(Birdee G ら, 2023) 100人・12週。吐く息を長くしても、吸う息と同じ長さでも、不安の下がり方に有意差はなかった。 上乗せなし 待合室での4分間(Hanley AW ら, 2025) 整形外科の待合室で81人。音声を4分聴くだけで痛みの強さ・不快さが低下。不安と抑うつは差なし。 痛みのみ低下 ため息中の循環反応(Muzumdar N ら, 2026) 健康な250人。ため息をしている最中は、心拍も平均血圧もむしろ上がる。間隔が短いほど大きい。 要注意

図6 最後の研究は2026年1月にPsychophysiology誌に掲載されたもので、「ため息=副交感神経が働いて落ち着く」という単純な説明が成り立たないことを示しています。落ち着くのは、ため息そのものではなく、そのあとに来る呼吸のリセットのほうだと考えられます。

数字がばらつく理由を、ひとつだけ整理しておきます。
メタ解析では効果ありなのに、同じ研究チームの400人のプラセボ対照試験では差が出ませんでした。矛盾しているようですが、比べている相手が違います。
1. メタ解析の「対照群」は、多くが何もしない待機群です。ここには「毎日5〜10分、自分のために時間をとる」という行為そのものの効果が丸ごと入ります。
2. プラセボ対照試験の「対照群」は、本人が呼吸法だと思って毎日やる、普通の速さの呼吸です。時間をとる行為の効果は両群に等しく入るので、差し引かれます。
3. 残った差がゼロだったということは、効いている中身の相当部分が「呼吸の型」ではなく「毎日それをする」ことのほうにある可能性を示しています。
これは呼吸法を否定する話ではありません。ただし「この吸い方でなければ意味がない」という言い方は、現在のエビデンスでは支持されません。

SECTION 07 それでも、勧める理由

ここまで慎重な話が続きましたが、私たちがこの方法を紹介するのには理由があります。効果の大きさではなく、費用対効果と、続けやすさです。

  • 費用がゼロ。道具も、アプリも、通院もいりません。
  • 場所と時間を選ばない。車の中でも、階段の踊り場でも、5分あればできます。
  • 覚えることが2つしかない。「2回吸う」「長く吐く」。それだけです。
  • やめるのも自由。合わなければ、その場でやめれば元に戻ります。
  • 他の治療の邪魔をしない。薬にも、リハビリにも、カウンセリングにも干渉しません。

もとの試験では、参加者の90%が「良い体験だった」と答えています。一方で10%は「良くない体験だった」と答えており、96%が説明動画を「わかりやすい」、74%が実践そのものを「簡単だった」と評価しました。全員に合う方法ではない、しかし多くの人にとってはハードルが低い——という位置づけです。

28日間の実施日数は、瞑想群が平均17.7日、呼吸法群が平均19.6日でした。どちらの群も、28日のうち3分の1前後はできていません。これは失敗ではなく、実際に起きることです。毎日できなくても構いません。この試験は、その程度の実施率で得られた結果です。

SECTION 08 やらないほうがいい場面・注意が必要な人

「安全な方法」と紹介されがちですが、大きく2回吸うという動作は誰にとっても中立ではありません。特に在宅療養中の方に伝えるときは、次の点を確認してください。

図7 注意が必要な場面と、そのときどうするか 右のラベルは「その人にこの方法をどう扱うか」の目安です 最近ため息が増えた/深く吸わないと息が足りない感じがする ため息が多いこと自体が、パニック症や不安の強い状態のサインです。自己判断で回数を増やさない。 まず相談を COPD・間質性肺炎など、慢性の呼吸器疾患/在宅酸素を使っている 呼吸リハビリで習う口すぼめ呼吸とは別物です。混同せず、主治医・理学療法士の指導を優先。 自己判断で加えない 最中にめまい・ふらつき・手や口のしびれが出た その場でやめて、普通の呼吸に戻す。次にやるときは、もっと浅く・短くから。 すぐ中止 立ったまま/運転しながら/入浴中 ふらついたときに転倒・事故につながります。必ず座るか横になって。運転は停車してから。 その姿勢ではしない 心疾患・緑内障・けいれん既往/妊娠中/双極性障害など もとの試験ではこれらの方が除外されており、効くとも危ないとも言えるデータがありません。 「試験で確かめられていない」であって「危険」という意味ではありません。主治医に一言確認を。 データがない

図7 なお、周期的ため息には息を止める工程がありません。息こらえを伴うボックス呼吸や、速い呼吸をくり返す方法(ヴィム・ホフ式など)とは、注意すべき点がまったく違います。混ぜて説明しないでください。

いちばん大事な但し書き。ため息が多いことは、100年近く前から呼吸の乱れのサインとして記録されてきました。2001年の研究では、パニック症の患者さん16人・全般不安症15人・健常者19人が30分間静かに座ったとき、パニック症の方はため息が明らかに多く、呼気終末の二酸化炭素濃度が慢性的に低いことが確かめられています。
実際、パニック症に対する呼吸の訓練は、二酸化炭素濃度を測りながら「ため息を減らす」方向に指導することがあります。「ため息=いいこと」ではありません。自分の意思で5分やることと、意思と無関係に出続けることは、まったく別の現象です。

SECTION 09 2028年4月、訪問看護ステーションもストレスチェックの対象になります

ここからは、この話が制度とどうつながるかです。訪問看護ステーションのほとんどは職員数50人未満で、これまでストレスチェックは努力義務でした。それが変わります。

図8 50人未満の事業場へのストレスチェック義務化までの流れ 厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」ページの記載にもとづく(2026年8月時点) 2015年12月 50人以上の事業場で義務化(年1回) 50人未満は「当分の間、努力義務」とされた。 2025年5月 改正労働安全衛生法が公布 50人未満の事業場にも実施が義務化されることが決まった。施行日は政令に委ねられた。 2026年2月 「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」を公表 50人未満向けに、実施体制やプライバシー確保の考え方が整理された。 2026年6月 施行日が確定。あわせて集団分析の方法について省令改正 厚生労働省が「令和10年4月1日から小規模事業場も義務」と告知(2026年6月10日)。 2028年4月 労働者数50人未満の事業場でも、ストレスチェックが義務になる 判定は会社全体ではなく事業場ごと。ステーション単位で体制を整える必要があります。

図8 準備には実施者の確保や外部委託先の選定が必要で、半年から1年はかかります。2026年から2027年のうちに検討を始めるのが現実的です。

「相談できる人はいる。でも相談しない」という現実

厚生労働省の令和6年労働安全衛生調査(2025年8月7日公表、8,596人)では、現在の仕事に強い不安・悩み・ストレスを感じる事柄がある労働者は68.3%でした。内容の上位は「仕事の量」43.2%、「仕事の失敗、責任の発生等」36.2%、「仕事の質」26.4%、「対人関係」26.1%です。

この68.3%という数字の読み方に、ひとつ注意があります。前年(令和5年)の同じ調査では82.7%でした。14ポイントも下がったように見えますが、厚生労働省自身が「令和6年は令和5年より趣旨明確化の観点から本設問の形式を変更したため、数値の比較には留意が必要である」と注記しています。ストレスが急に減ったわけではなく、聞き方が変わった結果です。年をまたいでこの数字を並べるときは、この但し書きごと引用してください。

もうひとつ、現場で意味を持つ数字があります。同じ調査で、ストレスを相談できる人がいる労働者は94.6%。ところが、そのうち実際に相談したことがある人は74.7%にとどまります。相談先がないのではなく、相談先はあるのに使われていない。この4分の1のすきまが、日々の消耗が静かに積み上がる場所です。

50人未満の事業場が無料で使える窓口があります。
1. 地域産業保健センター(地さんぽ)——全国約350か所。50人未満の事業場を対象に、長時間労働者や高ストレス者への医師の面接指導などを無料で提供しています。
2. 産業保健総合支援センター(さんぽセンター)——47都道府県に設置。ストレスチェック制度を含むメンタルヘルス対策の相談や、事業場への訪問支援を無料で行っています。
3. ストレスチェック制度サポートダイヤル——0570-031050(平日10時〜17時)。制度の導入・実施についての相談窓口です。
4. 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」——電話・SNS・メールでの相談を受け付けています(こころの耳電話相談 0120-565-455)。
ふくろう訪問看護リハビリステーションの視点 在宅の現場で、この5分をどこに置くか。そして、誰に勧めないか。
1
「時間をつくる」のではなく、もともとある5分に置く訪問と訪問のあいだ、車を停めてから次の家に向かうまで。あの数分は、たいてい記録の続きか、次の申し送りの確認に使われています。新しく5分をつくろうとすると続きません。すでに存在する移動の谷間に置き換えるほうが現実的です。ただし運転中は絶対にやらないこと。停めてから、シートに座ったままで十分です。
2
利用者さんに「深呼吸してください」とは言わない息苦しさを訴えている方や、不安の強い方に「大きく吸って」と促すのは、逆効果になることがあります。もし伝えるなら、吸うほうではなく「吐くのを、ゆっくり長く」だけにしてください。呼吸器疾患のある方に呼吸法を追加するときは、必ず主治医と理学療法士の指導が先です。私たちが自分で使うぶんには自由でも、利用者さんに渡すときには一段慎重になる——ここは分けて考える必要があります。
3
ため息が増えている人を見つけたら、それは「技術」ではなく「評価」のサイン訪問先で、あるいはステーションの中で、無意識のため息が目立つ人がいます。呼吸法を教えたくなる場面ですが、順番が逆です。ため息の増加は、不安の強い状態や呼吸の乱れの手前で起きていることがあります。まず気づき、話を聞き、必要なら受診につなぐ。呼吸法は、そのあとに置くものです。介護をされているご家族についても同じことが言えます。
4
5分で楽になったことが、受診の遅れをつくらないようにこの方法のいちばんの危うさは、効かないことではなく、そこそこ効いてしまうことです。眠れない、気分が落ち込む、朝がつらい——そうした状態が2週間以上続いているなら、それは呼吸法でしのぐ段階ではありません。もとの試験でも、睡眠の指標は何ひとつ動きませんでした。呼吸法は、受診までの橋渡しにはなっても、受診の代わりにはなりません。

SECTION 10 場面別の早見表

こんなときどうするか理由
訪問と訪問のあいだ、気持ちを切り替えたい停車してから5分短時間で気分が上向くという結果が出ているのは、まさにこの使い方。運転しながらは不可。
これから緊張する場面(家族への説明、初回訪問など)直前に2〜3回1日あたりの気分の改善は、実施直後に測られたもの。数回でも形は同じ。
気持ちを落ち着けたいが、瞑想は続かなかった試す価値あり試験では、続けた日数が増えるほど効果が伸びたのは呼吸法のほう。動作があるぶん続けやすい。
眠れないので寝る前にやりたい害はないが期待しすぎない28日間の試験で、睡眠時間・効率・スコア・日中の眠気はどれも変化しなかった。
血圧を下げたい/自律神経を整えたいこの目的では勧めない安静時心拍・心拍変動は変わらず。ため息の最中はむしろ心拍・血圧が上がるという報告もある。
2週間以上、気分の落ち込みや不眠が続いている受診を優先呼吸法で症状がまぎれると、受診が遅れる。呼吸法は治療の代わりにならない。
最近ため息が増えた気がする回数を増やさず相談ため息の増加は、不安の強い状態や呼吸の乱れのサインであることがある。
やっている最中にめまい・しびれが出たその場で中止浅く短くから再開するか、合わないと判断してやめる。無理に続ける理由はない。
COPDや在宅酸素の利用者さんに教えたい主治医・PTに確認呼吸リハビリの口すぼめ呼吸とは別物。自己判断で追加しない。
認知症のある方にやってもらいたい言葉より一緒にやる手順を覚えてもらうより、正面に座って同じリズムで呼吸するほうが伝わる。強制はしない。
ステーション全体でメンタル対策を考えたい地さんぽに相談50人未満は2028年4月から義務化。無料の公的支援を先に押さえておくのが現実的。
介護しているご家族に何か勧めたい方法より休息の確保5分の呼吸法より、レスパイトやサービス調整のほうが効く場面のほうが多い。

SECTION 11 よくあるご質問

Q1 「ため息をつくと幸せが逃げる」というのは、やはり迷信ですか?
迷信というより、順番の取り違えです。うまくいかないとき・疲れたときにため息が出やすいのは事実なので、「ため息のあとに悪いことがある」ように見える。ですが生理学的には、ため息はしぼんだ肺胞を開き直す必要な動作で、しかも安心したときや緊張がとけたときにも増えることが実験でくり返し確かめられています。人前で出るのを控えたい気持ちは自然ですが、身体にとっては悪いことをしているわけではありません。
Q2 1日5分より長くやったほうが効きますか?
わかっていません。もとの試験は5分だけを調べており、10分や20分と比べた研究はありません。論文自身が「最小有効量がどのくらいかは今後の課題」と書いています。むしろ確かめられているのは日数のほうで、続けた日数が増えるほどポジティブな気分の伸びが大きくなりました。長さを増やすより、途切れても翌日また戻るほうが理にかなっています。
Q3 鼻がつまっていて、鼻から吸えません。
口から吸って問題ありません。もとの説明でも「理想は鼻から2回吸って口から吐く形だが、全部鼻でもよい」とされており、口呼吸を禁じてはいません。大切なのは吸い方の入口ではなく、「2回に分けて吸う」ことと「吐く時間を長くとる」ことの2点です。
Q4 眠れないときの入眠法として使えますか?
安全ではありますが、そのための根拠はありません。28日間の試験では、睡眠時間・睡眠効率・睡眠スコア・日中の眠気のいずれも、どの群でも変化しませんでした。布団の中でやって落ち着くなら続けて構いませんが、不眠が2週間以上続いているなら、呼吸法ではなく受診の場面です。不眠には呼吸法よりはるかに効果が確立した治療があります。
Q5 高齢の親に教えたいのですが、認知症があってもできますか?
手順を言葉で覚えてもらうのは難しいことが多いです。おすすめは、説明せずに、正面か隣に座って自分がやること。呼吸のリズムは見ていると移りやすく、「吸って、もう一回吸って、ふうっと吐く」を目の前で数回やるだけで、自然に合わせてくださる方がいます。うまくいかなくても訂正しないでください。落ち着かせるつもりの働きかけが、指示や訂正になった瞬間に逆効果になります。
Q6 瞑想とどちらがいいですか?
目的によります。今回の試験で、その場の不安とネガティブな気分を下げる1日あたりの量は、むしろ瞑想のほうが大きく出ていました(統計的な差はつきませんでした)。呼吸法が上回ったのはポジティブな気分の伸びと、続けたときの伸び方です。強いて分けるなら、「落ち着きたい」なら瞑想でも呼吸法でも、「今日を少し上向きにしたい」「続けられるほうがいい」なら呼吸法、という整理になります。実際には、続けられるほうが正解です。
気分の落ち込み・不眠・強い不安が続いているとき

ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区を中心に訪問診療を行っています。精神科・認知症・緩和ケア・難病の在宅療養を専門としており、通院が難しい方のご自宅にうかがって診療します。ご本人だけでなく、介護をされているご家族の消耗についてのご相談も受けています。

次のような状態が続いているときは、呼吸法でしのぐ段階ではありません。おひとりで抱えず、ご相談ください。

  • 気分の落ち込み・興味の減退が2週間以上続いている
  • 眠れない、あるいは眠りすぎる日が続いている
  • 食欲が落ちて体重が減ってきた
  • 強い不安や動悸の発作がくり返し起きる
  • 介護している方が、休息をとれない状態が続いている

※ 訪問診療の対象や地域についてはお問い合わせください。すぐに命に関わる心配があるときは、迷わず救急要請(119番)を。判断に迷うときは救急安心センター(#7119)でも相談できます。

SECTION 12 参考文献

  1. Balban MY, Neri E, Kogon MM, Weed L, Nouriani B, Jo B, Holl G, Zeitzer JM, Spiegel D, Huberman AD. Brief structured respiration practices enhance mood and reduce physiological arousal. Cell Reports Medicine. 2023;4(1):100895. doi:10.1016/j.xcrm.2022.100895(PMID: 36630953)
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9873947/
  2. Li P, Janczewski WA, Yackle K, Kam K, Pagliardini S, Krasnow MA, Feldman JL. The peptidergic control circuit for sighing. Nature. 2016;530(7590):293-297. doi:10.1038/nature16964(PMID: 26855425)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26855425/
  3. Cui Y, Bondarenko E, Thörn Perez C, Chiu DN, Feldman JL. Sigh generation in preBötzinger complex. eLife. 2025;13:RP100192. doi:10.7554/eLife.100192
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  4. Fincham GW, Strauss C, Montero-Marin J, Cavanagh K. Effect of breathwork on stress and mental health: a meta-analysis of randomised-controlled trials. Scientific Reports. 2023;13:432. doi:10.1038/s41598-022-27247-y(PMID: 36624160)
    https://www.nature.com/articles/s41598-022-27247-y
  5. Fincham GW, Strauss C, Cavanagh K. Effect of coherent breathing on mental health and wellbeing: a randomised placebo-controlled trial. Scientific Reports. 2023;13:22141. doi:10.1038/s41598-023-49279-8(ClinicalTrials.gov: NCT05676658)
    https://www.nature.com/articles/s41598-023-49279-8
  6. Birdee G, Nelson K, Wallston K, Nian H, Diedrich A, Paranjape S, Abraham R, Gamboa A. Slow breathing for reducing stress: the effect of extending exhale. Complementary Therapies in Medicine. 2023;73:102937. doi:10.1016/j.ctim.2023.102937(PMID: 36871835)
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10395759/
  7. Hanley AW, Davis A, Worts P, Pratscher S. Cyclic sighing in the clinic waiting room may decrease pain: results from a pilot randomized controlled trial. Journal of Behavioral Medicine. 2025. doi:10.1007/s10865-024-00548-5(PMID: 39904867)
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  8. Muzumdar N, Sun K, Zhang S, Piersol K, Pawlak AP, Bates ME, Buckman JF. Dissecting cardiovascular responses to a fixed-interval volitional sighing protocol using a mixed modeling approach. Psychophysiology. 2026. doi:10.1111/psyp.70235
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC12811738/
  9. Wilhelm FH, Trabert W, Roth WT. Characteristics of sighing in panic disorder. Biological Psychiatry. 2001;49(7):606-614. doi:10.1016/S0006-3223(00)01014-3(PMID: 11297718)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11297718/
  10. Vlemincx E, Van Diest I, De Peuter S, Bresseleers J, Bogaerts K, Fannes S, Li W, Van den Bergh O. Why do you sigh? Sigh rate during induced stress and relief. Psychophysiology. 2009;46(5):1005-1013. doi:10.1111/j.1469-8986.2009.00842.x(PMID: 19497009)
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  11. Vlemincx E, Severs L, Ramirez JM. The psychophysiology of the sigh: I & II. Biological Psychology. 2022;170:108313 / 108339.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9204854/
  12. Meehan ZM, Shaffer F. Do longer exhalations increase HRV during slow-paced breathing? Applied Psychophysiology and Biofeedback. 2024;49(3):407-417. doi:10.1007/s10484-024-09637-2(PMID: 38507210)
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11310264/
  13. 厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」(令和10年4月1日から労働者数50人未満の事業場にも義務化。2026年6月10日・6月30日のお知らせを含む)
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html
  14. 厚生労働省「労働者数50人未満の小規模事業者の方」(地域産業保健センター・産業保健総合支援センター・ストレスチェック制度サポートダイヤルの案内)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_70761.html
  15. 厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況(個人調査)」2025年8月7日公表。強い不安・悩み・ストレスがある労働者68.3%、相談できる人がいる94.6%、実際に相談した74.7%。※設問形式の変更により前年との比較には留意が必要
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_kekka-gaiyo02.pdf
  16. 厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況(事業所調査)」メンタルヘルス対策に取り組む事業所63.2%(労働者数10〜29人では55.3%)
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r06-46-50b.html
  17. 厚生労働省「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳」
    https://kokoro.mhlw.go.jp/
  18. 厚生労働省「統合医療」情報発信サイト(eJIM)「ストレスに対するリラクゼーション法について知っておくべき5つのこと」
    https://www.ejim.mhlw.go.jp/pro/communication/c03/16.html

本コラムは一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。呼吸法を含むセルフケアは、現在受けている治療に置き換わるものではなく、症状が続く場合は必ず医療機関にご相談ください。呼吸器疾患・心疾患・不安障害などで治療中の方は、実施前に主治医にご確認ください。
記載した内容は2026年8月時点で確認できた一次資料にもとづいています。制度(ストレスチェックの義務化に伴う省令等)については、今後内容が追加・変更される可能性があります。最新の情報は厚生労働省のページでご確認ください。
本コラムの作成にあたり、関連する企業・団体からの資金提供や便宜供与は受けていません。

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この記事を書いた人

福岡生まれ、筑紫丘高校卒業、九州大学医学部卒業後、東北の地域中核病院で初期研修医・救急医として勤務し、その後東京の国立がん研究センター中央病院、東京大学病院に勤務。地元の福岡に帰ってきて2023年1月に:ふくろう訪問クリニック(旧:つくし訪問クリニック早良)を開院。2025年5月に医療法人「ふくろうの樹」設立。2025年11月「ふくろう訪問看護リハビリステーション」を開院。

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